加太港から船で20分ほどで、友が島に着岸。

船を降り、海沿いの道から山の方へと進む。

船には結構乗客がいたはずなのに、あっという間に周りに人気がなくなった。

友が島は明治時代に要塞だった島。

島には当時の砲台が複数残っている、これは第5砲台

レンガ造りの建造物を植物が覆う様子が、まるでラピュタのよう

人とあまり会わないので、少し怖いくらい

木漏れ日の道を行き

自由に伸びる木の根や

岩肌を覆う苔

増殖を続けるシダ類

時折見える海を楽しみながら、アップダウンの道を進むと

地下への階段へ到着。
中は真っ暗で、スマホのライト頼りにどうにか歩く

地下を抜けた先は第3砲台、中に入れるのはここだけだそう。

大きな砲台の址が4つ残っている

ぐるりと囲まれたここに大砲が設置された、という事実に想いを馳せてみたけど

うまく想像できなくて、光の中で蜩の声を聞いていた

地下トンネルをまた戻って

第3砲台爆薬庫跡

その奥には海軍の詰所だった場所が

部屋の中まで緑に覆われていた

第3砲台からまた海のほうへ

一気に下っていく

灯台に着いた、戦後に新しく建てられたそうだ

灯台の近くにあったのが第1砲台跡

ここは立ち入り禁止になっていた

さらに下って海沿いに建つ第2砲台跡へ

海の側だからか、一番崩壊が激しい

砲台跡から本州を見る。
戦時中には地図から消されていたと言う要塞の島、向うからはどう見えていたんだろう。
戦争を知らない世代の私たちにとって、こういった遺構は映画のような光景に見えてしまう。
友が島のことを知ったのも「まるでラピュタ」のような紹介のされ方をしていたからだ。
ここに大砲が設置され、実際に砲弾が発射されたことがあるという事実。
その砲弾が誰かの命を奪ったのかもしれないという事実を忘れないようにしたい。

島の東側をぐるりと回って、桟橋へ戻ってきた。
ここからまた船で加太港へと戻る。
