福岡・長崎島旅⑦ 未来の無人島

学校を後にし、アパート前の道を抜けて、再び廃工場の方へ向かう。

残暑の日差しと、秋の風。
名残の蝉しぐれの中で、工場が植物に飲まれていく様を撮影した。

九州最後の炭鉱の島。

1959年から2001年まで、石炭が採掘されていた。
炭鉱マンのお給料は平均的なサラリーマンの倍あったそうだ。
周囲4kmの島には日本初の高層アパートが建ち、最盛期には約7,700人が暮らしていた。

閉山に伴い、約2,500人いた従業員はすべて解雇されたという。

炭鉱のための島だったので、閉山したら他に職もない。
働く場所を求め住人たちは島を去っていった。

残ったのはほとんどが現役を引退した高齢者世帯。
炭鉱の最盛期を支えた人たち。

これ以上住人が増えることはないのだろう。
暮らしている方が亡くなったり、島外にいる家族のもとへ同居したりして減少していく。

いずれ移動スーパーも来なくなるのだろう。
1日1便のバスも走らなくなり、あの郵便ポストも役目を終えるのだろう。

数十年後には無人島になることがほぼ決まっているような島。

港へ戻ると、猫が何匹もいた。
人慣れしているのか、結構近くで撮影しても全然逃げない。

ご飯待ちなのかな。

池島が無人になるとき、猫たちはどうなるのだろう。

子猫を守る母猫。
人は減っていく中でも、誕生する命はある。

この島の未来が、どうか悲惨なものになりませんように。

大半が廃墟になった島に生きる、動物や植物たち。
その力強さに惹かれて、船の時間ぎりぎりまでシャッターを切った。

西日の中、船に乗る。

さようなら、池島。
またいつか、願わくは無人になる前にもう一度来られたら。

佐世保港で一息ついたら、ジャンボタクシーで空港へ。

旅の締めは、空港の鮨処で一杯。
有田焼や波佐見焼の器が素敵。

握りもしっかりいただいて、岐路の空へ。

羽田空港上空。
光の数以上の人がうごめく、帰る場所へ。

***

結果的に、この福岡・長崎島旅が独身時代最後の旅となりました。
旅から戻り、2か月後に結婚。
きっと一人旅に行くことも減るんだろうなぁ、なんて思っていたのですが
想像に反して、年に数度の一人旅は今も続いています。