再びの気仙沼旅① 行くぜ、東北

2015年明けまして、最初の旅は気仙沼。
初めて行ったのは2年前。それからまた行きたいと何度も思いながらも、なかなか行かなかった。

年末の大掃除のときに、2年前にもらった絵葉書を食卓の目の前に飾った。
震災の前の気仙沼港が描かれたそれは、仮設商店街で営業しているお鮨屋さんのご主人からいただいたもの。

来年こそ行こう、そんな気持ちで一番見るところに飾ったのだ。

仕事始めの週の週末。成人の日があって3連休。
友人宅で飲み会の予定だったが、直前になって主催者がインフルエンザにかかってしまったと連絡が入った。

週末の予定がポッカリ空いた。
今、行かなくていつ行くの。

夜行バスとホテルを予約して、金曜日の終業後に旅に出る。
友人の働くお店で美味しいカレーを食べてから、バス乗り場へ向かった。

 ***

2015年1月10日(土)

朝の6時前に夜行バスが仙台駅に到着。日の出の遅いこの季節はまだ真っ暗だ。
駅前のモスバーガーで朝ごはんにする。
コンセントが使えるお店だったので、携帯の充電もさせてもらう。ありがたや。

7時過ぎに気仙沼経由大船渡行きのバスに乗車。
2年前と同じルートで向かう。一関あたりはやっぱり雪。
気仙沼は海側だし、天気予報は晴れだったから問題ないはず。

10時半、気仙沼駅到着。

しっかり雪が舞っていた。

観光案内所で自転車を借りる。
気仙沼の観光マップや昨年オープンした施設のパンフレットなどをもらう。
こんなことにも2年前と比べれば少しずつ進んでいるんだな、と感じた。

駅前の道は古い建物も多く残っている。

自転車で向かった最初の場所は唐桑地区。

▼2013年

▼2015年

かさ上げ工事が進んでいて、元の道の場所が分からない。

工事の様子が見学できるようになっていた。震災のときに津波の来た高さが示してあった。

見学台の横に慰霊碑と献花台があった。
花はないけど、そっと手を合わせた。

あれからもうすぐ4年。まだまだ、まだまだ始まったばかりだ。

港のほうへと自転車を走らせて、やってきたのは復興屋台村。
あまりの人気のなさになんだか心配になる。時間が早すぎただけならいいのだけど。

お昼ごはん。気仙沼と言えば魚が有名なんだけど、B級グルメの気仙沼ホルモンにしてみた。

千切りキャベツの上に焼いたホルモンが乗っていて、ウスターソースをかけて食べるのだとか。
うん!ご飯が進む味だ。ビールも合いそうだなぁ。

美味しく食べてお店を出たら、来たときよりは人が増えていた。

また自転車にまたがって、海沿いを走る。

このガソリンスタンドの時計は14時46分のまま残してあるのだそう。

こっちでは地震発生の14時46分ではなく、津波のあがった15時半ごろに黙祷する人も多いのだとか。
一番多くの人が犠牲になったのが、きっとその時間だから。

南気仙沼地区へ向かう。

▼2013年

▼2015年

あちこち浸水していたこのあたりもかさ上げ工事が行われていた。
信号機ができていたのも復旧への一歩なんだ。

町のほうへ向かって、仮設商店街の中のアンカーコーヒーへ。

雪の中を自転車こいで冷えた体に、温かいコーヒーが嬉しい。
店内は若い人も、おばあちゃんのグループもいてにぎやかだ。
テイクアウトでコーヒーや焼き菓子を買っていく人も多い。
さっきの屋台村が人があまりいなくて不安になったせいか、アンカーコーヒーの賑わいにホッとした。
ドーナツをかじりながら、地図を広げこの後の予定を考える。

体も温まったので外に出ると、隣にお鮨屋さんが目に入った。

真っ白な暖簾の店構えは、東京だったら敷居が高くて入りづらい。
しかし旅先ゆえの強気さと、さっきお肉を食べたから次は魚。という謎の理論が頭の中で展開されて、暖簾をくぐった。

お昼ごはんパート2♪
魚はもちろん、シャリの美味しさに感動。

お腹大満足で、次の目的地へ向けて出発です。